尾張名古屋は城でもつ、島根〇〇〇〇〇は…
やはり💡と思われた方も数多くいらっしゃったことでしょう。昨日の「元祖 ひつまぶし」に続いては、✨名古屋城であります。
実はここ2~3年の間に、まずは名古屋に飛んで✈から目的地へ移動🚇という出張が数ヶ月ごとにあった私、お仕事の合間を縫ってこの名古屋城にもプチッとお邪魔させていただきました。
名古屋城は、徳川家康さんが天下統一の最後の布石❗として築かれたたお城 🏯
この築城に伴って、それまで行政経済の中心👑であった清州から多数の士民が移り住み🏠、やがては市街地ができあがり、以来、徳川御三家筆頭👍の城下町として尾張藩の中心となり、江戸・大坂・京につぐ発展✨をみたといいます。
まさに「伊勢は津でもつ、津は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ💪 」
名古屋繁栄✨の由来は、まさに御三家のお城があったからだと断言できるわけですね。😉
この名古屋にとって、欠くことが出来ない✋ほど重要な名古屋城ですが、ある意味、お城以上に有名なのが✨金の鯱(しゃちほこ)さん⁉ であります。
そもそも、鯱(しゃちほこ)とは、姿は魚🐟で頭は虎🐯、尾ひれは常に空を向き、背中には幾重もの鋭いとげを持っているという想像上の動物で、天守の装飾として取り付けられることで🔥火事に対しての🙏守り神的な役割を果たされるとか…
( 🔥火事になったら、シンガポールのマーライオンさんみたいに水を噴き出し💦て火を消しちゃうぞ👊、隙があったら、かかってこんかい✊…みたいな感じなんでしょうね😅)
この鯱飾りスタイル、あの織田信長さん🦁が安土城の天主にまずは取り入れられた👍ことで、以来、各地のお城の天守や主要な建物などでも採用されるようになり、陶器製(鯱瓦)のものや、銅板張木造のものが今でも残っているようですが、
特筆すべきは、われらが、✨出雲の国の松江城天守🏯の鯱さん‼、現存最大の銅板張木造(高さ2.08m)だとか…
と✋、いうことで、もしや確認できればと、以前📷撮影していた松江城の写真から確認してみると…
(=゚ω゚)ノ おおっ、ありました👍。ありました😉。確かに、ちゃんとスタンバっていらっしゃるではあ~りませんか‼
へぇ~…松江城の鯱さんたちも、けっこう💪スゴかったんですねぇ~…😆
と✋、いうことで、いささか脱線気味のお話で恐縮でありましたが😅、本日のお題「尾張名古屋は城でもつ」に続けては、
島根キュービックは💗お嬢(おじょう)たちでもつ …(ー_ー)!! …で、ありました。
😅ちょっと前のお嬢さんもいらっしゃいますが… (;^ω^)… おあとがよろしいようで🙇♂️
蛇足:それにしても、最近のカメラってすごい⁉ですね。切り取って拡大しても、これですからね。ほへぇ~😱…